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  3. 20160530号 タイトル:「話し合うことの意味」

睡蓮の花が咲き始めました。

フランス印象派の画家モネがこよなく愛した花ですが、この花を見ているとモネが 愛したのも分かるような気がします。

山から下りてきて、この睡蓮の花の浮かぶ池の畔でゆっくりしていると、ときどき鯉 が花や葉を揺らして過ぎていきます。その波紋が葉伝いに拡がっていきます。この のんびりした感じが、心の疲れをとってくれます。

睡蓮に近づくとその白い清楚な姿に、星野富弘さんの「はなしょうぶ」の詩を思い出 します。睡蓮の花から生き方を教えられるような気がします。

黒い土に根を張り どぶ水を吸って
なぜ綺麗に咲けるのだろう
私は大勢の愛の中にいて
なぜ醜いことばかり考えるのだろう
       星野 富弘


睡蓮(羊草)   筑紫野市武蔵寺心の字池にて  5月27日 撮影
※遠くでホトトギスの声が聞こえていました。目に青葉 山不如帰 初鰹の季節ですね。

話し合うことの意味

佐賀県の山間にある知人宅で、どうしたら反目や対立なく話し合うことができるだろ うかと考えてみました。自分の考えと他の人との意見が違っていたときに、どのよう した意見の一致を見出すことができるのでしょうか?

私は右に行きたい、他の人たちの意見は左に行きたい。そんな時、多数決をとって 決めようとするのが一般的な考え方です。私たちは学校でも、それこそが民主主義 的な決定の仕方だと教わりました。「多数に無勢」ということで、自ら意見を引っ込め ることもあります。

デンマークの哲学者ハル・コックは「多数決は多数派による独裁」と言い切っていま す。私たちは「多数決」を民主主義の基本原理として学びますが、コックの言葉は民 主主義国家を標榜する国々が現在陥っている政治的閉塞状況の本質を突いている のではないでしょうか。

友人宅での話し合いで思えたことはこういうことです。自分の意見を忌憚なく述べる こと、同時に相手の意見を先入観無しで聴くこと、この両方を意識して話し合えるな ら、相互に気持ちや考えが理解され、そのことによって話し合う前とは少し違ったも のになってくるでしょう。

話し合う前と話しているときと、話し合いが終わったときと、「話し合い」の経過の中で 互いの理解が深まり、違いだけでなく、共通しているものも見えてくる。それをベース にして、それまでとは違った視点や今まで考えられなかった角度からの議論が展開 できるのではないでしょうか。

しかも、「どうしたらみんなが良くなるか」という「互恵互助」の世界観を議論の出発点 として共有できていれば、「違い」を「豊かさ」としてとらえることが可能になるのではな いでしょうか。

そうすれば、「取り敢えず」やってみて、途中でまた話し合い、修正も楽にできますし、 「やってみてどうか」の検証も何度も出来ることでしょう。そのことで事実や事態への 柔軟な対応も可能になります。

このように「話し合うことの意味」は新しい価値の創造そのものではないかと思えます。 結論を出すことよりも、何度も話し合い、相互の理解に価値を置くこと。これが出来れ ば、一致協力してどんなことにも取り組めそうですね。

自分の意見が通ったとか、通らなかったとかはどうでも良いことで、みんなが良くなる 方向で、違った意見を足し合っていくことが「本当の話し合い」ではないでしょうか。こ のプロセスこそが“なかよし”の本質でもあるように思います。

今回の地震などから色々なことを考えさせられましたが、その中で私たちは“明日をも 知れぬ命”を生きているということを改めて気が付かされました。そんな大切な人生を 反目や対立して過ごしているのは本当にもったいないことです。

生きている一瞬一瞬を幸せにするために、仲良く楽しく生きていくことが一番ではない でしょうか。そのためにも「本当の話し合い」をしていきたいものです。

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教育文化研究所
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