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  3. 20131215号 タイトル:「左耳のおかげ」

早いもので、もう12月も折り返し地点ですね。今年も残り2週間あまりになりました。皆さんにとって今年はどんな年だったのでしょうか。私にとっては、昨年にも増して充実した一年になりました。相変わらず、経済的な豊かさとは縁がありませんが、心の豊かさにとってはとても恵まれた一年でした。これも皆さまのお蔭だと思っています。自分一人では、とてもこんな素晴らしい時間を持つことは出来なかったと思います。多くの人の支えや協力があって、今年も一年生きることができました。改めて感謝です。




天拝山荒穂神社のモミジ 12月4日撮影  今日訪れたところすっかり落葉していました。


私が三十代、四十代の頃の忙しさは尋常ではなかったことを思い出します。会社勤めをしていた時は、売上や利益、部下の管理など目標を達成すべく、体を粉にして働いていました。何のために?と言えば、家族のためと思っていました。もちろん、出世や競争などでの優越感も感じるためだった、つまり自己満足のためでもありました。

そんな私に異常が襲ったのは、四十代の初め頃からでした。ストレスによる胃潰瘍には悩まされていましたが、さらには左耳を突発性難聴が襲ったのです。最初はキーンという耳鳴りからでした。放っておくと、また元に戻りました。少し気にはなっていたのですが、これが仕事の過労やストレスからきているとは思っていませんでした。

やがて子どもたちの不登校や家族の病気介護のために休職し、そして退職して、これからのことで途方に暮れているときに、完全に耳が塞がった状態になりました。ザアーっという大きな耳鳴りがして、声や音が聞こえにくくなったのです。慌てて専門医を尋ねました。その時、ステロイドという強い薬を服薬することで治療し、なんとか聞えるようになりました。

しかし、家族介護の傍ら、介護ヘルパーの学習や、求職活動などで疲れていたのでしょう再び耳が塞がり、服薬と回復を数回繰り返しました。4度目のときに、医師から「もうこれ以上服薬は出来ません。体に副作用が出ます。左耳はあきらめて下さい。」と告げられました。それ以来、左耳の障害は進行し、耳鳴りは大きくなり、とても聞えにくくなりました。

左耳の難聴の原因はハードな仕事による過労やストレス、家族の状態からのストレスなどが色々と重なったものだと思います。でも、あの時は、必死だったのです。とにかく何とか頑張ってあの時期を乗り越えるしかなかったのです。無理をしてでも、とにかく生き延びる必要があったのです。

今から振り返ると、本当によくやったなあと思えます。苦しい時に、家族には聞こえないようにと、押し入れの布団の中に上半身を突っ込んで大声で叫んだこともあります。かなり危ない状態だったように思います。それでも何とか自分を保つことが出来たのは、やはりそんな私を支えてくれた人たちがいたからです。本当に感謝です。ありがとうございました。

あれからもう随分時間が経ちました。私の左耳は相変わらず耳鳴りで塞がっています。でも、今では、あの時の私の苦しさをこの左耳が支えてくれたのだとも思えるのです。私の心のバランスをなんとか保つために、左耳が犠牲になってくれたのだと。そう思うと、難聴で不便な左耳がいとおしく思えます。ありがとう!お前のおかげで、こうして元気に生きていられるよ、と。

人生は色々なことがあります。でも、生きていて良かったと思えるときが必ず来ます。共に支え合いながら歩んで参りましょうね。

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■■■■■■      講演会 ・ セミナーの紹介    ■■■■■■

★★第2回不登校セミナー 体験談発表「ぼくらが不登校だったとき」★★★★★

●不登校体験のある若者2名と保護者2名を迎え、対談方式でその体験を語ってもらいます。学校に行きにくくなっている子、不登校の子のことで悩む保護者のためのセミナーです。セミナーの終わりには、登壇者やスタッフと参加者の皆さんとの交流会「よりそいサロン」も開催し、意見や情報を交換します。是非、ご参加下さい。
★主催:不登校よりそいネット(福岡市共働提案事業)
◎場所:あいれふ(福岡市婦人会館)
◎日時:1月18日(土)13:30-16:30
◎参加費:500円
◎問合・申込:不登校よりそいネット事務所 092−406−8815

 ※今年6月の不登校フォーラムでの体験談発表の様子(あいれふ)

教育文化研究所
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